東京地方裁判所 平成5年(ワ)6863号 判決 1993年11月15日
原告 オリックス株式会社
右代表者代表取締役 宮内義彦
右訴訟代理人弁護士 木村裕
森川真好
被告 昭和建設株式会社
右代表者代表取締役 渡部恭彰
被告 土肥豊
被告 株式会社豊徳興産
右代表者代表取締役 土肥豊
被告 全国自由同和会愛媛連合会こと 渡辺恵
被告四名訴訟代理人弁護士 沖本捷一
主文
1 被告らは原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載の各不動産を明け渡せ。
2 被告らは原告に対し、各自、平成四年九月一六日から右明渡ずみまで一か月七〇万円の割合による金員を支払え。
3 被告土肥豊は原告に対し、別紙物件目録記載二の不動産について、東京法務局港出張所平成三年三月二九日受付第八四四二号賃借権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求(原告の求めた裁判)
原告は主文と同旨の裁判を求めた。
第二事案の概要
一 当事者間に争いがない事実及び本件各証拠上明らかな事実
1 別紙物件目録記載の本件各不動産は、もと廣井公明の所有であったところ、平成元年一一月七日原告を抵当権者とし、原告の同人及び株式会社アストコーポレーション(当時の商号株式会社スタジオ・エフ。以下「訴外会社」という。)に対する貸金債権を被担保債権とする抵当権二口が設定され(同日受付で抵当権設定登記)、平成三年三月九日売買により被告昭和建設に譲渡され(同月二九日受付で所有権移転登記)、同年七月八日原告の申立てにより競売開始決定がされ(同日受付で差押登記)、平成四年九月一六日原告が右競売手続において買い受け、原告に対する所有権移転登記(同月一八日受付)が経由された。
2 被告らは、別紙物件目録記載二の本件建物を占有し、同占有により、その敷地である別紙物件目録記載一の土地をも占有している。
3 本件建物について、被告土肥を権利者とする賃借権設定仮登記(原因平成三年三月九日設定、存続期間三年、同月二九日受付)が経由されている。
二 原告は所有権に基づき、被告らに対し、本件各不動産の明渡及び同明渡ずみまでの賃料相当額(一か月七〇万円)の損害金の支払を求め、被告土肥に対し、前記仮登記の抹消を求めている。
三 争点
被告昭和建設及び被告土肥の留置権の成否が本件の主要な争点である。
1 被告昭和建設の留置権
(一) 同被告は、以下のとおり、本件建物について有益費の償還請求権を有し、その償還を受けるまで留置権を行使する旨主張する。
(1) 訴外会社は平成元年一一月七日本件建物を廣井公明から賃借した(期間三年)。
同社は、同月中旬本件建物を画廊に改装し、その費用として四六二四万七〇〇〇円を支出した。同改装により一般的な居住用建物であった本件建物は高級な事務室ないしサロンとなり、その価値が増加した。
(2) 被告昭和建設は平成三年三月九日、訴外会社から賃貸人である廣井の承諾を得て、本件建物の賃借権を譲り受けた。
なお、同被告は同日本件建物を買い受けたが、前記抵当権が設定されていたため、右賃借権は混同によっては消滅しない。
(3) 原告は平成四年九月一六日本件建物の所有権を取得したことにより、被告昭和建設から賃貸人の地位を引き継いだ。
(4) 被告昭和建設の賃借権は平成四年一一月五日、前記差押後に到来した期間の満了により終了した。
(5) よって、原告は右支出額または現存する右改装による増加額四〇四三万一〇〇〇円を被告昭和建設に償還する義務がある。
(二) 原告の認否、反論
(1) 右各事実のうち、原告が平成四年九月一六日本件建物の所有権を取得した事実を認め、その余は不知。
(2) 右改装は、訴外会社が自社の営業のため模様替えを行ったにすぎず、本件建物の価値を増加させるものではない。
(3) 廣井は同社の代表取締役であり、同人と同社との間には、有益費償還請求権を発生させるべき賃貸借関係はなかった。
(4) 被告昭和建設が、本件建物の所有権と賃借権を取得したことにより、賃借権及び有益費償還請求権は混同により消滅した。
2 被告土肥の留置権
(一) 同被告は、以下のとおり、本件建物について有益費の償還請求権を有し、その償還を受けるまで留置権を行使する旨主張する。
(1) 被告土肥は平成三年四月一日本件建物を被告昭和建設から賃借した(期間二年)。
(2) 被告土肥は、同年五月本件建物の倉庫部分をシャワールームに、書庫部分を寝室にそれぞれ改装し、その費用として一〇三〇万円を支出した。右倉庫及び書庫は当時あまり利用されていなかったものであり、右改装は、本件建物の価値を増加させた。
(3) 原告は平成四年九月一六日本件建物の所有権を取得したことにより、被告昭和建設から賃貸人の地位を引き継いだ。
(4) 被告昭和建設の賃借権は平成五年三月三一日、前記差押後に到来した期間の満了により終了した。
(5) よって、原告は右支出額または現存する右改装による増加額九五一万七〇〇〇円を被告土肥に償還する義務がある。
(二) 原告の認否、反論
(1) 右各事実のうち、原告が平成四年九月一六日本件建物の所有権を取得した事実を認め、その余は不知。
(2) 右改装は、被告が自らの賃借目的を果すため本件建物の模様替えを行ったにすぎず、本件建物の価値を増加させるものではない。
(3) 被告土肥は、訴外会社が原告への前記借入金の返済が困難となり、本件建物を任意に売却してその弁済に充てようとしている状況下で、右売買を一任されている同社の顧問として原告と交渉し、原告の債権回収状況を認識のうえ、賃借し、改装を行ったものであり、執行妨害の目的で賃借し、費用を支出したものである。
よって、右費用が有益費にあたるとしても、留置権は成立しない。
第三争点に対する判断
一 被告昭和建設の留置権について
≪証拠省略≫及び証人西條光彦の証言によれば、訴外会社の代表者である廣井公明が平成元年一一月六日、同社を連帯債務者として原告から資金を借り入れて本件各不動産を購入し、同日同貸金債権を被担保債権とする抵当権を設定している(抵当権設定及び所有権移転の各登記は同月七日受付で経由されている)事実を認定することができる。
右事実によれば、仮に同社が廣井から平成元年一一月七日に本件建物を賃借し、その引渡しを受けた事実があったとしても、右賃借権は右抵当権に劣後するものと解すべきであるから、被告昭和建設による本件建物及び右賃借権の取得について、民法一七九条一項但書を準用すべき理由は認めがたく、本件建物を同被告が取得したことにより、同時に譲り受けた賃借権及び有益費償還請求権は混同により消滅したものと解すべきである。
よって、同被告に本件建物に対する留置権を認めることはできない。
二 被告土肥の留置権について
1 ≪証拠省略≫、証人西條光彦の証言及び被告土肥本人尋問の結果を総合すれば、本件建物は訴外会社が事務所に改装し、専ら事務所として使用していたところ、被告土肥は、平成三年五月ころ、倉庫部分をシャワー室、書庫部分を寝室に各改装し、本件建物を事務所のほか住居としても使用している事実を認定することができるところ、事務所としての構造を有する建物の一部を改造し、事務所には一般的に必要でない居住用の機能を付加したとしても、当該建物の効用を高めることにはならないから、被告土肥による右改装は、本件建物の価値を高めるものとは認めがたい。
2 また、≪証拠省略≫及び証人西條光彦の証言によれば、廣井及び訴外会社が平成三年一月以降、同社の業績悪化により前記抵当権の被担保債権である原告からの借入金の弁済を全く行えない状況に陥った事実、原告、廣井及び同社が本件各不動産を任意に売却して売却代金から右弁済を行うことを合意して売却先を探すうち、本件各不動産の所有名義が、原告に相談なく、同年三月九日付け売買を原因として被告昭和建設に移転され、同時に同被告が本件建物を同被告の親会社の従業員である被告土肥に賃貸して同被告に対し前記賃借権設定仮登記を経由した事実、被告土肥がその後間もなく被告昭和建設の経営者の知人である被告渡辺に本件建物を転貸した事実、被告昭和建設は、売買代金を支払わないまま本件各不動産の所有名義の移転を受けたものであり、名義取得後、時価の半額で購入する旨、被告土肥を介して原告に対し申し入れた事実、被告土肥が訴外会社の顧問としても行動していた事実をそれぞれ認定することができる。被告土肥の本人尋問における供述中以上の認定に反する部分は前記各証拠に照し措信できない。
これらの事実を総合すれば、被告昭和建設は、本件各不動産について、占有者を創出して第三者に対する任意の売却及び競売による強制的な換価を困難な状況にしたうえで、原告と交渉し同状況を材料にこれを安価に購入することを目的として、被告土肥に本件建物を賃貸し、被告渡辺にこれを転貸させ、被告土肥及び被告渡辺も右目的を了解のうえ賃借、転借したものと推認することができるところ、このような目的による賃貸借はおよそ正当な行為とは認めがたいから、被告土肥が本件建物について有益費に該当する費用を支出したとしても、民法二九五条二項の準用により、同費用の償還請求権について本件建物に対する留置権を取得し得ないものと解すべきである。
3 以上、いずれの理由によっても、被告土肥が前記改装に要した費用について本件建物に対する留置権を取得する余地はない。
三 以上によれば、被告昭和建設及び被告土肥の留置権を認めることはできず、被告らには原告の所有権に対抗すべき占有権原がないので、本件明渡請求は理由がある。
四 仮登記の抹消登記手続請求について
前記仮登記については、被告土肥において、同被告の賃借権が平成五年三月三一日に賃借期間満了により消滅した事実を自ら認めているところ、同事実によれば同被告にはこれを抹消すべき義務がある。
五 被告らの建物占有による損害金の額について
被告土肥は本人尋問において、本件建物の賃料額について、平成三年四月一日当時から契約書の記載(一か月七〇万円)にかかわらず、賃貸人の承諾を得て一か月五〇万円を支払っていた旨供述しているが、同被告が競売手続中執行官からの照会に対して、同年七月一五日付けで賃料額が七〇万円である旨回答している事実(≪証拠省略≫により認定)に照らせば、右供述は措信できず、賃料額は契約書及び右回答どおりであったものと認定すべきである。
よって、右賃料額一か月七〇万円を本件建物の相当賃料額と認め、被告らによる本件各不動産の無権原の占有により原告は一か月七〇万円の損害を被っているものと認める。そして、被告らの占有目的及び主観的関係に徴すれば、右占有行為は共同不法行為に該当し、被告ら各自が右損害額の全額を不真正連帯債務として賠償すべき責任を負担するものと認める。
六 以上によれば、本件請求は理由があるので、これを認容する。
(裁判官 中山顕裕)